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ありがとう♪ 今日もお会いできて 嬉しいです 『伽羅のこと』 5×年前に小さな都会に 生まれ、そこで育ち・・・ 街の様子は変わっても ここが一番好きです 人気ブログランキングへ ![]() にほんブログ村 ![]() 雨上がりの植物・お花達ブログトーナメント 外部リンク
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休業中はもともとの宵っ張りに拍車が掛かって、1時、2時に床に就くのは当たり前
ひどい時など窓の外で雀のさえずりが聴こえてから・・・という日も度々でした。 リハビリに毎日通院して往復を歩いてるとはいえ、仕事の時とは疲れ方が違います ものね。 なかなか眠くなりません。 事故の後しばらくはベッドに入り目を閉じると、フラッシュバックのように思い出されて ドキドキして眠れないので安定剤を服用してました。 車を運転しないからそういう薬も気兼ねなく使えますから・・・ ![]() - ブルーボネット(マメ科ルピナス属) - でも、あまり長く飲み続けたくない薬ではあります。 使わなくて眠れるなら少々宵っ張りしててもいいかなって、眠気を感じるまでPCしたり 本を読んだりして過ごします。 ギリギリまでそんな事をしているものだから、ベッドに入った途端・・・zzzです。 朝は7~8時頃と遅めに目覚めますが、どうでしょ?平均睡眠時間は5時間くらいだと 思います。 仕事をしている時は短くて6時間、しかも熟睡でしたから、仕事を休んでいるというのは 体のどこかに支障が出るものかもしれませんね。 さて、好き勝手し放題の休業期間も今日一日で終わります。 初めから全力疾走して力尽きてしまわないように、スタッフのヒソヒソ話は聞こえないフリ して頑張らなくちゃ。(苦笑)
今日でちょうど一ヶ月。
その間、必要に迫られて車を運転したのが4回・・・最後の運転は 今日だったがすごく緊張する。 目的地に着くとフゥ~と安堵の溜め息が漏れる。 バックミラーをチラチラ見る頻度が多い。 あんなに運転が好きで、cafeに行ったり思いつきでドライブに行き 唯一の気分転換だったのが・・・ 今は自分の足とバスが頼りの生活だ。 地下鉄は早くて便利だが階段が怖い、空いてる時間帯なら未だしも いつもの速度では歩けないので人の波に乗れない・・・ モタモタ階段を下りていたら迷惑だろう。 その点、バスは便利。何の苦もなく不安もなく目的地へ運んでくれる。 ![]() 話しは変わって・・・ 昨日と今日の2日続きで職場へ行った。 院長や事務長と今後の勤務について相談・・・在宅医療専門の職場で あるから、運転は必須となる。 だが、一人でも運転が怖いのに、まして助手席に人を乗せるなど今は 出来そうもない。 運転できないなら「要らない」と言われても仕方ない。 だが、事故のトラウマが消えるまでデスクワークを・・・リハビリ通院は 欠かさず続けてもらいたいし、体調も万全ではないから半日でもいい。 有難いと思う。 問題は同僚と若いドクターが納得するか否か・・・まず100%不満だろう。 院長からその旨通達があれば「解りました」と一応は言う、皆、賢いから 誰もがいい返事をすると思う。 もし、私が逆の立場でもそうするだろうから・・・。 残る問題は自分の体力(気力も)。 2日間、名古屋駅から職場まで片道約2.5kmを歩いただけで、疲れと 背中から腰の重いようなダルイような不快感を覚える。 これが毎日続くのだ。 午前中にリハビリに行き、終了後バスに乗って名古屋駅へ、そして徒歩。 しかも数日前から日中の気温が上がっている・・・強い陽射しと人混みは 疲れを増す。 ま・・・やってみなければ解らない。 とりあえず半日ではあるが、職場復帰は来週の月曜日からスタートとした。 デスクワーク・・・PC入力の仕事だが、6月までに仕上げなければならない 書類があるという。 現在は事務の子が看護師に代わってやってはいるらしいが、事務職本来の 仕事が滞っているのは目に見えている。 今の私に出来ることはやろう・・・そう決めた。
些細な事を上げていたらキリはない。
一度、噛み合わなくなった歯車はギリギリと嫌な音をたてて回る。 眠れない、食欲のない日々は続き体重も2㎏減った。 待機当番でない日など夜はサラダとビールだけという時もあるの だから、体重が落ちるのは至極当たり前のこと。 心の中の糸はピーンと張り詰め、大袈裟と言われるかもしれないが 限界の状態で仕事を続けていた。 折も折・・・居宅患者宅へ届け物をした帰り道、追突事故。 赤信号で停車した私の後続車が一旦停まったにも関わらず発進し 追突したものだった。 まったく無防備だった私は頭を振られムチウチ症と診断された。 ちょうどGW前だったこともあり、翌日から首から腰へと広がった 痛みと不快感のため仕事を休むことになった。 ![]() そして、GWが明け仕事へ復帰したがたった3日で挫折・・・ 3日めの帰り道には足が上がらなくなるほどに腰の痛みが強くなる。 車の運転に恐怖感を抱いていた私は、復帰後はバスと徒歩で通勤。 この歳でみっともない話だけれど、夜道を泣きながら歩いて帰った。 もっとも涙がこぼれたのは痛みのせいだけではなかった・・・。 それ以後、事故の直後より強くなった肩から背中、腰に掛けての痛みと 固く張った筋肉の症状が続いている。 毎日、温熱・牽引・電気治療と理学療法士によるストレッチ・マッサージに 通っているが一進一退・・・が現状。 相変わらす、トラウマのように車の運転はできず通院は徒歩。 担当の理学療法士も「歩くのはリハビリにもなるからOK!」と言ってくれた。 片道2km弱、この距離を40分掛けて・・・ゆっくりの歩きしか出来ない。 明日で事故後ちょうど一ヶ月が過ぎようとしている・・・。
「ひとりごと」が予想以上に長くなってしまって・・・ごめんなさいね。
彼是6ヶ月、溜めこんでいたせいか話し始めると止まりません。 でも、聞いてくださる方も疲れてしまいますよね? まだしばらく続きそうですけど、この後が楽しみ(?)な方はお付き合い 頂けたら幸いです。 今日は辛抱強く聞いてくださった皆さまへ私から・・・ 感謝の思いを込めて届けたい一枚のphotoを・・・ ![]() ある雨の日・・・訪れた犬山市のお寺「寂光院」別名もみじ寺と呼ばれています。 5月のもみじが雨に濡れ、新緑の爽やかさを増している中に赤いもみじが彩りを添えて・・・
続きは明日以降にしようと思ったけれど、話す気持ちに傾いた時の
勢いに乗らないとまたダンマリになりそうで・・・ 聞きたくない人もいるだろう、スルーしてもらってかまわない。 私が行動を起こさなかったのは「逃げ」だろうし、その行為を正当化 するつもりで話し始めたのでもない。 責任者としては最低なのは自分が一番解っているのだから・・・ 今回は若いドクターのことを少し話したい。 秋に入職したドクターは一ヶ月ほどは院長の往診に同行し、現地に 着くまでの間に私も含めいろんな話が出来た。 そして、いつだったか若いドクターと2人で往診に行った時のこと・・・ 彼は私に言ったものだ。 「大学で仕事をしていた時よりもやりがいを感じる。自分のやりたかった 医療の在り方にここが一番近い。」・・・と。 「未だ経験の少ないボクなので、伽羅さんの経験を活かして力を貸して ください。」・・・と。 嬉しかった。 私も在宅医療に関わりたくて今の職場を選んだ、今までの積み重ねを 評価されたようで嬉しかったのだ。 若いドクターに協力して仕事をすれば、今よりももっと充実した在宅医療・ 看護が出来ると・・・望みを持った。 ![]() - マツバウンラン・・・花言葉:喜び、輝き - ところが、院長が産休に入った頃だろうか・・・ いつからだったのか、何がきっかけだったのか未だに解らないのだが ドクターと距離を感じるようになる。 往診先に向かう車の中で無言の時間が多くなる。 クリニックに帰っても必要最小限の会話しかなくなった。 このままではいけない・・・ 徐々に遠くなる距離、深まる溝を縮めなければ・・・と焦ったし、私なりに 努力したと思う。 が・・・すべて空回りに終わる。 年明けたある日、産休中の院長から呼び出しを受けた。 院長の第一声。「伽羅さん、どうしちゃったの?」 私と上手くいかない、新規の患者を受けようとすると私が嫌な顔をすると 若いドクターから相談された・・・とのこと。 確かに新規の居宅患者の受け入れ要請があった時、全部を受けようと するドクターに「大丈夫ですか?」と、何度か尋ねた。 院長は不在。 前回話したとおり12月~1月は新規の施設往診が始まり、患者数が激増 した時期で今の状況で居宅患者を受け入れても「まともに診れるのか」と 危惧したのだ。 それを「私が嫌な顔をする」という一言で院長に伝わった。 私に面と向かって言えばいいことを院長に直訴するのか、この人は・・・と 残念な思いがした。 ちょうどその時に、例の「トラブル事件」が発生した。 彼女に何も言えなかった私を「責任者として能力ゼロ」と評価したのだろう。 それ以後はますます会話が無くなり、院長のやり方と異なる仕事のやり方を 始める時も何の相談もないのは当然のことながら・・・ 三月だったか、私の仕事のやりようを批判した。 (看護師本来の仕事を批判されたのではなかったが) しかも、他の看護師や事務員のいる前でのことだった。 そしてその翌日、朝のカンファレンス終了間際に突然言い渡された。 (前日に批判された仕事を)「来月からは事務員にやってもらう。」 それについては私以外の全員のスタッフが知っていたらしい、前日に私を除く スタッフで事前に打ち合わせ済み・・・というわけだ。 口惜しかった。 院長に何と言われても構うものか、帰りたい。 が、今この人達に背中を見せたら「負けだ」と思い止まった。 (あの日の悔しさが思い出され、これ以上は今夜は続けられません) 記事の更新が少なくなり、たまに更新しても言葉少ない日が目立ち 始めたのはいつからか・・・ 過去の記事を遡ってみた。 今年の一月まではそれまでのように毎日ではないとしても、数日の 空白があるだけで終わっている。 1月20日の記事「冬の雨」のあたりから雲行きが怪しくなり、友人宅に 不幸があったのも気づかないほど周りが見えていない。 めっきり口数が減ったのは二月か・・・。 さて、どこから話そう・・・ 12月から新規で特別養護老人ホームとグループホーム(GH)の 往診が始まり、一気に約160名の患者が増えた。 そして、年明け早々に新たに5件のGHの往診が増え総勢72名。 加えて、それまでは往診だけだったGHの訪問看護が始まった。 院長は12月に出産し産休中。 昨年の秋に入職した30才に数年ある若い常勤医は、院長代行の 立場でヤル気に満ちている。(と、見えた) 私は看護師の責任者・・・若いドクターの仕事がやりやすいように しっかりせねばと思っていた。 ![]() その矢先、あるスタッフが居宅患者の家族とトラブルを起こした。 それが1月20日頃のこと・・・ トラブルを起こした看護師は私より4才下。 彼女は往診から帰ると後片付けもそこそこに私を外へ呼び出し、 「私はよかれと思ってしたことを、何で(患者家族から)あのような 言い方をされなければならないのか」 そう涙ながらに訴える。 この時点で詳しいトラブルの内容は私には解っていない。 終業後、若いドクターからトラブルの全貌を聞かされた。 「伽羅さんが看護師の責任者なんだから、彼女に注意するように」 そして・・・ 「最初から伽羅さんがやってくれたら、トラブルにはならなかったと 彼女が言っている。」と重ねて言う。 (この件に関しては彼女から相談も受けておらず、何の報告もなく 私の出番はなかった) これまでにも大事には至らずとも冷や冷やさせられた彼女。 院長も度々注意を促してはいたが、その度に「自分は悪くない」式の 考えを通してきている。 どうしたものか・・・相談したい院長は産休中、些細なことに煩わせたく ないと思った。 悶々とした日々、眠れない、食欲のない日が続く。 そんな私とは裏腹に立ち直りも早く思ったことは口にする彼女・・・ あと2人の看護師を巻き込み、私への敵対心(?)を露わにし始めた。 ま・・・私から見ると、あと2人のほうが彼女より一枚も二枚も上手で お調子者の彼女を煽て、私に対し言い難いことを「彼女の口を借りて」 言わせているだけと思う。 正直、彼女のことに時間を取られている余裕は私には無かった。 逃げた・・・とも言えるかもしれないが、トラブルの一件に関しては話す 機会を逸した。 その結果が「伽羅さんは私に何にも言えないのよ。」と見下されることに なり・・・自業自得と諦めた。 (ここで一時休憩・・・続きは明日か明後日か、話したいと思う) 寄り道してもいいじゃない 慌てなくていいから・・・ 焦らなくていいから・・・ ゆっくり ゆっくり 一歩ずつ ![]()
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